みなさん、こんにちは。今回は新型コロナ感染症に関する文献を紹介します。ソーシャルディスタンスなどのコロナ感染対策はインフルエンザを含めた呼吸器系ウィルス感染の発生を減少させたという内容です。この結果は予想通りと思われますが、一方で新型コロナウイルス感染は増え続けており、その感染力の強さに驚かされます。これまでと同様に手洗い・うがい、マスクの着用や密を避けることを継続していく必要があるとともに、有効かつ安全なワクチンの接種や早急な治療薬の開発が望まれます。
論文:
The Effect of SARS-CoV-2 Mitigation Strategies on Seasonal Respiratory Viruses: A Tale of Two Large Metropolitan Centers in the United States.
Amy C Sherman,et al. Clin Infect Dis. 2020 Nov 8;ciaa1704.doi: 10.1093/cid/ciaa1704.
自宅待機令、学校や小売店の閉鎖、公共の場でのマスク着用、ソーシャルディスタンスや手指衛生といった非薬剤的介入(NPI:non-pharmaceutical intervention)の効果を検討するため、米国の2大都市における呼吸器系感染症の発生状況を今シーズンと過去のシーズンで比較したところ、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の伝播を低減するために実施された公衆衛生的施策は、他の呼吸器系ウイルスの伝播を有意に低減したことが示唆された。
非薬剤的介入の実施と季節性の呼吸器系ウイルス感染症の減少が連動していることは、香港、フランス、日本、シンガポール、オーストラリアなどでの研究で既に示されている。本研究は、2020年1月から5月の間に行われた非薬剤的介入が、A型インフルエンザ、B型インフルエンザとRSウイルス感染症の発生に与えた影響について、ジョージア州アトランタ、マサチューセッツ州ボストンの2都市で比較検討した。
2015年9月1日から2020年5月30日までの5シーズン(9月1日[第36週]から翌年5月30日[第22週]を1シーズンと定義)について、呼吸器系ウイルスの検査を受けた全ての入院と外来の成人患者の診療記録をレトロスペクティブに検討した(アトランタ4万6575例、ボストン10万7260例)。
検体採取には鼻咽頭スワブを使用し、複合呼吸器系ウイルスパネル、インフルエンザウイルス、RSウイルス、SARS-CoV-2それぞれのPCR検査、抗原検査を行った。各シーズンの症例数を集計し、実効再生産数(Rt)を算出した。
非薬剤的介入の効果を評価するために、ブーストラップ法を用いて、A型インフルエンザウイルス、B型インフルエンザウイルス、RSウイルスのRtについて、今シーズン(2019/20)とその前の全シーズンの平均を比較した。持続的陽性によるバイアスを減らすため、初発の陽性例だけを対象とした。統計解析にはR(v.4.0.0)を使用した。
アトランタのA型インフルエンザウイルスに関して、2019/20シーズンのRt値は第12週から1.0未満に下がったが、それ以前のシーズンのRt値は、第15週より前の週に1.0未満が続くことはなかった。このA型インフルエンザ症例が減少した時期は、アトランタでの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の初発例(11週)、ならびに大規模集会、バー閉鎖、自宅待機令(12週、13週)などの制約が課せられた時期と一致していた。
アトランタにおける2019/20シーズンのB型インフルエンザの症例数は、第13週以降にゼロ近くまで低下した。その前の数年のRt値が1.0未満に減少したのは第15週以降だった。RSウイルスについては、Rt値が1.0未満になったのは、2019/20シーズンは第13週、過去数年の平均は第14週だった。
同様の傾向は、ボストンでも観察された。2019/20シーズンのA型インフルエンザは、第7週に1.0未満に低下し、第14週にゼロに達した一方、過去数年は、第15週より前にRt値1.0未満を維持したことはなかった。B型インフルエンザのRt値は、2019/20シーズンは第11週に1.0を下回ったが、過去数年は第15週より前に1.0未満に下がることはなかった。ボストンの集会人数の制限(25人以下)は第11週に施行され、自宅待機勧告が出たのは第13週だった。RSウイルスのRt値は、2019/20シーズンの第12週から15週の間は1.0未満を推移していたが、過去数年の同期間は1.0を上回っていた。
著者らは、米国における2つの地理的に離れた都市からのエビデンスとして、非薬剤的介入が、A型インフルエンザとB型インフルエンザ、RSウイルスの感染機会を減少させる点で有益だったと述べている。アトランタとボストンでは、COVID-19の症例数やパンデミックへの対応が異なるものの、本結果はソーシャルディスタンスの取り組みの重要性を示したと指摘している。
インフルエンザウイルス、RSウイルス、SARS-CoV-2などの呼吸器系感染症に関わるウイルスの動態は複雑だが、インフルエンザの流行シーズンを迎えるにあたり、これらのウイルスの相互関係を詳細に調べることは極めて重要である。国際間の渡航の減少や国境規制に伴い、インフルエンザ流行の推移や流行株の変化もあり得るため、SARS-CoV-2がインフルエンザの流行、疫学的トレンド、インフルエンザワクチンの株選択に与える影響をさらに検討する必要がある、と著者らは述べている。
結論として著者は、インフルエンザウイルスとSARS-CoV-2双方の伝播を低減するにあたり、非薬剤的介入は有効な可能性が高いことを本データは示したとし、非薬剤的介入は、インフルエンザワクチン接種とともに、呼吸器系ウイルスの脅威を低減するための重要な公衆衛生的手段になり得ると述べている。